全国伝統歴史 町並み散歩/古い城下町や宿場町、古民家を写真で観光

「こみせ」が続く商売の町
青森県「黒石」の町並み

青森県 黒石(陣屋町)
商家民家蔵元

 黒石のなりたち

江戸時代前期、津軽信英(のぶふさ)は弘前藩から五千石を分知され黒石初代領主となります。信英は陣屋を造るとともに分知以前からあった古い町並みに侍町、職人町、商人町を加え、新しい町割りを行いました。

 黒石へのアクセス

東北自動車道黒石ICから国道102号を経由して3kmほどで到着。車は黒石市役所に駐車し、そこからはのんびり散策しながら歩きましょう。

 「こみせ」とは

黒石にあるこみせとは、通りに面した町家に設けられた「ひさし」のことです。青森県や秋田県で使われる言葉で、新潟では雁木と呼ばれます。
「こみせ」は謂わば木製のアーケード。商家のこみせは店の一部でもありますが、公共のスペースでもあります。日射しや雨を避ける歩行者通路なのです。特に積雪の多い冬季にはその威力を発揮します。

蔵造りの商家

こみせは、黒石初代領主津軽信英が町割りをした際に設置を奨励したと言われています。高橋家住宅が建築された宝暦13年(1763年)には、近辺には既にこみせを持つ商家が立ち並んでいました。

高橋家住宅

高橋家住宅

屋号である「米屋」の看板通り主に米を扱いつつ、味噌や醤油塩などの製造販売をしてきました。「理右衛門」を襲名しています

 「こみせ」のある商家

こみせ

江戸時代に形成された「こみせ」のある通りは、その長さは総延長4.8kmにもなる長大なものでした。
しかし、明治以降「こみせ」は幾度かの災難に遭います。火災で焼失したものの再建されなかったり、鉄道の発展により街道に人が集まらなくなったり、道路の拡幅工事で取り壊されたりしたのです。

こみせ

しかしそれでも中町周辺にあった「こみせ」は、連続性を保ったまま保存され続けてきました。醤油屋、米屋、呉服店、銭湯など、近代的な店構えにしなくても成り立つ業種が多かったことが幸いしたのでしょう。
そのうちの一軒が造り酒屋の鳴海家住宅です。

鳴海家住宅

鳴海家住宅

文化3年(1806年)に創業された造り酒屋。屋号は「稲村屋」ですが、一般には「菊乃井」の名前で知られます。主家の他に作用場と蔵が通り土蔵で繋がっています

南八甲田の伏流水から湧き出た井戸水、周辺の豊かな田園から厳選された酒米、そして創業二百年の伝統の技によって生まれる清酒「菊乃井」の蔵元です。

鳴海家住宅

鳴海家住宅の隣には「津軽黒石こみせ駅」があり、地元産品や津軽塗、こけしなどの民芸品を数多く品ぞろえ。店内の「こみせ庵」では1日2回の津軽三味線ライブが行われていますので要チェックです。(冬季は土曜、日曜、祝日に開催)

こみせの内側

こみせの内側

夜の灯りがぼんやり照らす「こみせ」は幻想的

画像引用:黒石市様(http://www.city.kuroishi.aomori.jp)