全国伝統歴史 町並み散歩/古い城下町や宿場町、古民家を写真で観光

巴波川沿いに豪奢な蔵が立ち並ぶ
宿場町「栃木」の町並み

栃木県 栃木(宿場町)
商家民家洋風建築

 栃木のなりたち

鎌倉時代から続いた皆川氏の支配は慶長14年(1609年)に改易によって幕を閉じ、栃木城は取り壊され、以後は城下町から商人の町へと変貌していきます。

 栃木へのアクセス

東北自動車道栃木ICから県道32号を南東へ。約400m走り左折で「魔方陣スーパーカーミュージアム」到着です。市内中心部では駐車場を利用しますが「とちぎ山車会館」または「とちぎ蔵の街美術館」に入館(有料)すると駐車無料券がもらえます。
鉄道では東武日光線で東京・浅草駅から約80分。


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 移転した駅舎から

栃木ICから少し市街地方向へ走ったところにある「魔方陣スーパーカーミュージアム」。その名の通り旧車や名車が揃うスーパーカーの博物館です。名前だけを聞くと町並み散歩に何の関係もなさそうなのですが、いやいや、ここが今回の町並み散歩の出発地。

実はここには旧栃木駅の駅舎が保存してあります。

旧栃木駅

栃木駅は、明治21年(1888年)に両毛鉄道の駅として開業し国有化されて国鉄になります。昭和3年(1928年)この洋風建築の駅舎が建築されました。翌年、東武日光線の駅が開業します。
以来、このドイツ風の駅舎は栃木の玄関口のシンボルとして市民に親しまれてきましたが、駅の高架化に伴い移築されました。

また館外には栃木市にゆかりのある作家・山本有三の代表作「路傍の石」で主人公・吾一がぶらさがった鉄橋が復元してあります。駅舎と鉄橋の見学は無料でできます。

 蔵の町をてくてく歩こう

一度車に戻って、再び市街地へと走ります。「新栃木駅入口」交差点を右折して、今度は南下。市街地で駐車し、ここからはのんびりと歩いてまわります。

蔵の街観光館

第1駐車場すぐそばにある蔵の街観光館はもと「八百金」の名で知られた荒物・麻苧問屋田村家の店舗。いまは観光案内と土産品販売施設として活用されています。ここでパンフレットなどをゲットしておきましょう。
観光館のすぐそばには「あだち好古館」があります。

あだち好古館

あだち好古館

江戸末期から呉服問屋を営んでいた安達幸七が蒐集した浮世絵や書画、彫刻、古美術品などを展示。かなりマニアックな風情も漂います

ここからは一路北上、どんどん歩きます。県道の「万町交番前」交差点を左折し、次の5差路を斜め右へ折れます。少し行けば右手に岡田記念館です。

岡田記念館

岡田記念館

岡田家は550年以上の歴史を持つ旧家。江戸時代には畠山家の陣屋を務めていました。その代官屋敷を含め一般公開されています。 土蔵には家伝来の宝物も展示。写真は 大正期を代表する木造建築物「翁島別邸」です

岡田記念館の前の道は日光例幣使街道(にっこうれいへいしかいどう)です。徳川家康の没後、日光東照宮に捧げものである幣帛(へいはく)を奉献するための勅使(日光例幣使)が通った道。栃木はこの街道の宿場があった町です。街道沿いには今もなお多くの歴史的建造物が残り、往時を偲ばせてくれます。
岡田記念館の北には平澤商事の建物が風情ある趣で顔を覗かせています。

平澤商事

今度は今来た道を県道まで戻ります。県道から逸れたところに、栃木病院の旧棟が残っています。大正2年(1913年)に建造で木造2階建、屋根は複雑に入り組み、形式も寄棟、切妻、入母屋と使い分けがされています。

栃木病院

歩みを進めると、巴波川(うずまがわ)の流れが見えてきました。栃木の発展に大きな役割を果たした巴波川。元和3年(1617年)徳川家康の霊柩を久能山から日光山へ改装したときに、御用荷物などを栃木河岸に陸上げしたことにより川を使った水運が盛んになります。のちに物資の集散地として部賀舟(べがぶね)などが往来し、 江戸との交易で賑わいを見せました。
河畔に立ち並ぶ蔵屋敷の立派さが、当時の面影を見事にとどめています。

巴波川

廃藩置県後、明治6年(1873年)栃木は下野国を一つの県とする栃木県庁の所在地となります。しかしわずか11年後には日光県と統合後、県庁は宇都宮へ移されてしまいました。 明治22年には(1889年)栃木町を編成。
大正10年(1921年)、現存する町役場が建設されました。

栃木市役所別館

町役場(現・栃木市役所別館)は瓦葺きの洋風建築です。縦長の上下窓や玄関ポーチ、バルコニーなどに当時の役所建築の特長が出ていますね。
また、市役所近辺は以前の栃木県庁の敷地になります。その敷地の周囲には延長1kmにもなる堀を巡らせてあり、県庁堀と呼ばれて今も堀にはたくさんの鯉が泳いでいます。

再び巴波川まで戻ってくると、川端に横山郷土館が見えます。

横山郷土館

横山家は麻問屋と銀行を営んでいました。両袖切妻造(りょうそできりづまづくり)と呼ばれる様式で、店舗の両側には鹿沼産の深岩石で作られた蔵が建っています。

近くには「とちぎ蔵の街美術館」。ここは近江出身の豪商善野家で、江戸時代末期に困窮人救済のために多くの蔵を建設し、金銭や食糧などを放出し、おたすけ蔵と呼ばれています。土蔵2階建、切妻、妻入、桟瓦葺で黒漆喰固め。東蔵、中蔵、西蔵と3棟平行に建てられているのが特長的です。

おたすけ蔵

南へ下り川へ出ると、蔵の街遊覧船の船着き場。ここまでかなり歩きましたから最後は船に揺られて川から蔵の町を眺めてゆったりするのも一興ですね。

蔵の街遊覧船

航行時間は15分ほど。流れに乗って、船頭が川を案内してくれます。船頭が歌う「栃木河岸船頭唄」に聞き惚れるのもまたオツなモノです。

蔵の街

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画像引用:あだち好古館様(http://www1.ttcn.ne.jp/adachi/)
栃木市観光協会様(http://www.kuranomachi.jp)